みなさん、おはようございます。
NTT西日本の堀です。

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えひめ国体と天皇杯(全日本総合)が終わりました。

えひめ国体では成年男子が6年ぶりの優勝、成年女子も7位入賞となりました。
なぜか国体だけはなかなか優勝が出来ず、苦しい思いをしていましたが、久々の優勝で感極まってしまいました。
また、成年女子は鈴ケ峯や翔洋出身の学生中心の混成チームを、メンバーも毎年少しずつ入れ替わり、強化合宿もなかなか組めない中、数年かけて地道にまとめあげ久々の入賞を果たした中堀監督・森本コーチの手腕には頭が下がります。

中堀監督と森本コーチといえば、NTT最強時代と言われた一昔前、個人戦では組むことはありませんでしたが団体戦では中堀・森本でチームの絶対的守護神。
2人に回せば何とかしてくれると当時の監督が全幅の信頼をおいていたと言います。

その2人の「決して諦めない精神」「食らいつく精神」が女子チームの戦いぶりを見ていて浸透しつつあると感じました。私の中では男子の優勝と同じくらいの価値があると思っています。

そして先日、群馬県前橋市で全日本総合選手権(天皇杯)が開催されました。
結果はご存じのとおり水澤・村上組と丸中・長江組の全日本社会人決勝の再戦となり、今回は水澤・村上組に軍配が上がりました。
そしてベスト8に原・岩崎組が入賞、船水・林組は惜しくもベスト16でしたが、第一人者の篠原・小林組に今持てる全ての力を発揮してくれました。

水澤はインタビューで「丸中・長江には部内で勝っていないから・・・」と謙遜していましたが、部内戦でのこの4組の対戦成績は五分五分と言っていいほど実力拮抗しています。練習と本番の差が少ないというのが我がチームの特徴かもしれません。
部内戦でも本番さながらに戦術気迫を駆使して闘います。見学に来た方が、「練習からこんなに気合い入れて試合するの?」と驚かれるくらいです。

その話はまたにするとして、群馬でもたくさんの方々の協力・支援がありました。
我々NTT西日本チームは早めに前橋入りをしたのですが、練習コートの確保を、アンダースタッフとして一緒にやらせてもらっている前橋商業の篠原先生にお願いしました。

そうです!何を隠そうレジェンド篠原・小林組の篠原選手のお兄さんです。

篠原・小林組は今大会も優勝候補。いわば我々NTTはライバルチームのはずです!
であるにも関わらず、快くお願いを受けてくださり練習コートの全てを手配してくれました。私が逆の立場であれば、弟の優勝のためにライバルに手を貸すことなどしなかったかもしれません。
篠原先生の心の深さ、懐の大きさにスポーツマンシップの最たるものを学ばせていただきました。

また、早めに現地入りしたものですから選手の用具、雨が続いたこともあり特にガットの状態には非常に敏感になりました。
そこでお願いしたのが地元群馬のタジマヤスポーツ川端さんです。
川端さんもアンダー合宿や、メーカーブースで何度かご挨拶した程度だったのですが、お店に直接電話をして事情を説明したところ、快諾してくださり、中日の練習後に十数本バッチリに張り上げて深夜12時にホテルフロントまで届けてくださりました。
"ご縁がすべて"と言いますが、本当に御二方のお力なくして今回の成績はありませんでした。

また、初日に前橋商業で2面使わせて頂いたのですが、元々練習試合を組まれていて、私たちがお邪魔するカタチになってしまいました。
前橋商業にも相手校にも申し訳ないなと思って、篠原先生に「お詫びをしたいので相手校も教えていただけますか?」と聞きました。
すると岩瀬日大高校とおっしゃったので、「顧問の櫻井さんは大学の先輩です!」と、ここでも不思議な縁がありました。

すぐに岩瀬日大の櫻井先生に連絡をし、お邪魔をして申し訳ないとお伝えしました。「久々に会えることと、トップ選手のプレーを勉強させてもらえて嬉しい」というお言葉を頂き、何だか初日から我々にとって「良い流れだな〜」と感じていました。

もうひとつ忘れてはならないのは、裏方である群馬県連盟と補助員の高校生のみなさんです。

天皇杯は順延含めて4日間、秋雨前線と台風が重なり、雨風が吹き荒れる中での大会となりました。特に初日・2日目はナイターも使用し、水たまりのコートを地元高校生が必死で整備しながら消化していきました。

私は選手の大怪我が一番怖かったので、水を取ってくれた高校生に「整備してくれてありがとう。本当に申し訳ないんだけど、サイドラインのところをもうちょっと水とってくれる?」とお願いして回っていました。
その高校生たちは嫌な顔ひとつせず、「分かりました!おい。あそことあそこ、もっと取るよ!」と言って懸命に整備してくれました。
「申し訳ないな。出来ることなら変わってあげたい」と思いつつ、勝負に徹していました。

選手もHPコメントの中で補助員の方々への感謝を述べていますが、裏方のみなさんなしでは特に今大会は消化できなかっただろうと思います。
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NTT西日本ソフトテニス部 シンボルチームホームページ
選手のコメントも載っています。
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さまざまなご縁、ご協力があり群馬では大変良い時間を過ごすことが出来ました。
前述したとおり、水澤・村上が優勝、丸中・長江が準優勝、記録が定かではありませんが、
昭和24年以来、大会史上2回目の同士討ち決勝を実現してくれて、記録にも記憶にも残る天皇杯となりました。

どんな記録を残しても、賛辞だけではありません。
中には、物事のうわべだけしか見ず、「NTTは強すぎて面白くない」
「あんなエリートを集めたら強いに決まっているはず」という意見もあります。

当然、色々な意見があって当たり前なのですが、監督として選手を見てきて言えることは、
「彼らは初めから強かったわけではない」
「彼らは決してエリートで、常に1番だったわけではない」ということです。

優勝した水澤選手は、中・高とトップで活躍していましたが、大学時代には個人タイトルはありません。
NTTに入社してからもなかなか結果が出ず、私が1つ上なのですが、私の方が早く結果が出ていて、かなり悔しい思いをしてきたはずです。
天皇杯は2回目の優勝となりましたが、初優勝時は30歳、そして今回33歳。選手としてピークと言われる20代後半を過ぎてからの2回の優勝は、彼がどれだけ苦労し努力してきたか分かると思います。

村上選手も同じく、学生時代もコンスタントだったものの、同級生や同年代には村上選手以上に期待され、早くに結果を出した選手、村上選手以上の素質を持った選手が沢山いました。今回も3回目の決勝で悲願達成。村上選手は2位や3位が多く、私の現役時代と似たような境遇でしたので、よく2人で飲みながら、
「僕は2位にしかなれないんですよ」
「馬鹿野郎!諦めるな!」
「そういう星の下なんです」
「頑張れば、絶対に報われる!」と
2人で泣きながら飲んだことも思い出します。(私はウーロン茶)

彼らの努力や苦しみを知っているのは、本人とチームメイト、家族だけかもしれません。
他の選手にも同じようなことが言えます。

「エリートだから勝てる」「素質が違う」
その一言で片付けるのは簡単です。ですがあまりにも空虚です。

特に今年はたくさん優勝できていますので、周囲から見れば「超エリート集団」に見られがちですが、彼らの努力とソフトテニスに対する真摯な取り組みは監督の私でさえも敬服します。苦しい時期を知っているからこそ、そして自分が1番だと驕りがないからこそ、自分があるのは周囲のお陰であるというのを知っているからこそ、歩みを止めることなく努力し続けることが出来るのだろうと思います。

指導者の皆様、是非子どもたち、選手に努力し続ける素晴らしさを教えてあげてください。
日本のトップ選手もスタートはみんなと一緒だったということを・・・

長くなってしまったので、今回はこの辺にして、
表題の勝つ力を持ったチームと勝つにふさわしいチーム』とは少しずれてしまいましたが、また次回に裏話も含めて、優勝へのプロセスの一端をご紹介できればと思います。

また次回もご一読ください。

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